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knocked on, Your door
 
自分がかわいい。
ほんとうにかわいい。
ドロドロに甘やかして易しい方向へ進ませたい。
そのための努力なら厭わない。

すべてを愛するなんて、ちっぽけなわたしには到底無理だ。
自分のために生活するだけで精一杯。

抱えるのに大きすぎるものや重たくて疲れることは、
簡単に放り投げられるよ。
いらないものはすぐ捨てるし。
たとえ、それまでは宝物だったとしても。

思ったことをその瞬間に言いたい。
忘れちゃうから。
酷いことだってさらりと言える。
受け取る側のことを想定するとか、高度だなぁ。
頭弱いわたしに人並みのそういう技量求めないでほしい。

今の自分が正しいと信じてる。
そう思わないと、生きていくことがつらい。
『正しさを祈りながら』って言葉、胸に刻んで進んでる。
だから、間違いを認めるのは嫌いだ。
プライドだけは人一倍高いから。悪いかい?

否定されたり拒絶を受けないように、
へつらって、適当に相槌打って、同調するの。
今までそうしてたらうまくいったし、楽なんだ。
なるべく楽な方へ、楽な方へ。

大切な人が笑ってくれるなら、楽しそうなら、
どんな嘘だって平気で吐く。
癖になりすぎて、無意識にそうしてる。

誰かが辛そうだと、役に立ちたいと思う。
他人の『特別』になりたいんだもの。
打算的で浅ましいね。
でも、わたしが生きてる意味を見出したい。
なにも生み出せないこの手に、意味が欲しい。


こうやって生きてるせいでいろんな人を傷付けてきた。
認知しているだけでも大勢。ならば実際は倍以上だろう。
もちろん、大切な人を大事にしたいと切に願ったこともあったけど、
結局守りたいのは、愛しいのは、大切な人ではなく、
「大切な人を守ろうとしてる」自分。

ダメだなぁって、ようやく観念した。最近。
何度か「これでいいのか」って自問自答したけど、
「それでも構わない、わたしの生き方だ」
って、言い聞かせた。
なんだ、それ。貫く場所そこじゃない。
まわり、見えてない。

愛する人を、愛したい人を、守りたいあなたを、本気で想ったら、
こんな自分じゃだめだ、捨てよう、改めよう、と、努力したくなった。
少しずつでいいから、変えていきたい。
叶えたい。

『特別』は欲しがるものではなく、知らない間にそばにあるんだ。
この手は縛るものではなく、撫でるものだ。
抱きとめるものだ。
誰かを笑顔にしたいなら、わたしが本心で笑っていなければ。

君はどう?
君はどう思う?

わたしはそう思う、思うよ。

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じぶんをまもるということ


先週実家へ帰った時、読み逃していた『3月のライオン』5巻を読了。

なにも思えなかった。
もちろん「悲しいな」と感じたけれど、それ以上でも以下でもなかった。

それがおそろしかった。
わたしはなんて軽薄で、つまらないんだろう。

「胸が詰まる」「泣いた」という言葉を聞いたり、見たりし過ぎたせいかな。
そんなまさか。
似たような経験が自分にだってあったのに。
そのころがどんなにつらくてくるしかったか知ってるのに。

生きていくとはこういうことだろうか。
痛みを忘れることは、防衛本能だろうか。生存本能だろうか。

せめて、あの話を読んで「心が疼かなかった」ことぐらい、記しておこうと思って。

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リード オンリー メモリー


昔々、小学生になった頃かはたまたその前か、
なにかの行事のあと、おうちに帰ったら、母親に、
「楽しかった!」
と言った。そしたら、
「そっかー。どんなふうに楽しかった?」
って訊かれた。
答えられなかった。
その時はおそらく、「うーん、楽しかったのは楽しかったの」と返した気がする。

どんなふうに?
どんなふうに、というのはどういうことだろう。
「楽しかった」んだ。なにがどうなって楽しかったか、なんて、よくわからない。
わからないんだ。

この会話が、今も忘れられない。
そして、この現象はわたしの人生で度々起こる。

結論に至るまでの経緯。

そこを汲み取るのが、ものすごく苦手だ。自分のことなのに。
「どうしてそう思ったのか」を、細分化し順序立てて相手へ伝えることが困難で。
ディスカッション、ブレストなんてもってのほか。
不得手以外のなにものでもない。

少し訓練のようなものもしてみた。
CDを聴いたり、ライブへ行った感想を、ブログで書いてみるという手段で。
ちっとも上達しなかった。
結局はついったのような、小言をぽろぽろ言うだけで、
言葉の意味を意味深に見せて自然と完結させられるツールに逃げてる。

なんでみんな、うまく言えるんだろう。伝えられているんだろう。
これが欠けてちゃあ、他人とのコミュニケーションは上手くいかないのに。

『「好き」に理由なんてない』

とはよく言うけれど。
その言い回しをそっくりそのまま借りて、

「楽しい」に理由なんてない。
「良かった」ことの説明は難しい。
「素晴らしい」ものは「素晴らしい」としか伝えられない。

あぁ、もう。


『どうしてそう思ったの?』

この記憶がわたしの脳内から消える日は、くるんだろうか。

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